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2009年7月 7日 (火)

ポールレーズ=往復運動=リズム

ポールレーズというロクロは人力のろくろです。これは現在の旋盤などのご先祖にあたるものです。

原理を簡単に説明します。削りたい木片の両側を先のとがった金属ではさんで固定し、その木片にヒモをまきつけてそのヒモを上下させることで木片を回転させるのです。大昔の火おこしのやり方で弓を木に巻きつけて回転させるやり方がこれに似ていると思います。弓を横ではなく立てて上下に動かすとこの説明の感じに近いです。

そしてこの弓のヒモの片側を地面におかれた踏み板に結びつけ反対側をたとえば木の枝に結び付けて、人が踏み板を踏むと木片が回転し、脚をはなすと枝の反発力でもとにもどるというものです。

ポールレーズのポールとは枝木のことで 木の枝や竹ざおのしなりを利用して器の反転の動力を生み出しています。

脚で踏み板を踏み込むと木片が正回転してこの時に削るのですが、そしてその次に元の状態に戻ろうとして竹や木の枝がしなった状態からもとにもどろうとして反転するのです。

この正転と反転を繰り返しながら 器が挽かれていくのです。

通常現在のロクロは全て回転方向が決まっていて反転はしません。

昔のロクロはどれもこの往復運動=レシプロ方式であったろうと思います。

たとえば先ほどの木をこすって火をおこすあの原始的な火おこしでも木を回転させて摩擦熱を得ますが、直に手でやるにしても あるいは弓のような道具を使うにしても往復運動をしているのです。

まあ このような議論は今回の本題ではありません。

今回はこの往復運動がもたらすことについてです。

何度かここでの木工教室でこのポールレーズを生徒さんに挽いてもらってそれを見ているときに その見ている人が眠くなる、というものです。

つまりなぜかこの往復運動をする木片を見ていると眠くなるのです。往復運動は人間の呼吸や 鼓動に似ていてなにか無意識に見ている人の心の中に入ってくるものがあるのだと思います。

おそらく赤ちゃんがこれを見ていると眠るのではないかと思うのです。

目が回るのかとも思いますが 回転方向が一定の機械である現代のロクロはどうなんでしょうか、私は眠くなったことはあまりありませんが。やはり眠くなるのでしょうか?

またこの正回転と逆回転のコンビネーションはリズムであります。

削ることと、休むことを繰り返します。そしてその呼吸に合わせてフック(ロクロ挽き専用の刃物)を当てながら引き締めたりゆるめたりするのです。

ですからポールレーズはリズムであるともいえます。

これまでさまざまな人にポールレーズを挽いてもらってそれを傍らで見ていると やはりリズム感のある人が上手である印象があります。初めてなのにとても手馴れて綺麗に挽ける人がたまにいるのです。

ソーラン節、斉太郎節、会津磐梯山などなど 日本にもリズムのある歌があるものです。

リズム?木工がリズム?

代々 木工を家業にしている ある人がやはり 木工仕事はリズムだといっていました。

現在の電動工具は往復運動ではなく 一定方向であり リズムが作りにくいのかもしれません。

Dsc02366 Dsc02368

このような器も往復運動でリズムで挽いて行きます。

削りかすはどんなに長くとも片道の回転分だけです。

この1本1本がリズムの具現化したものです。

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2009年7月 4日 (土)

スプーン作りの週末教室

私のところでは ナイフといった原始的な手道具をつかってスプーンを作る週末教室をしています。

先週末 2日間にわたるスプーン作り教室をしました。生徒さんは老若の男性2名。

第一日目はナイフの使い方と練習です。

ナイフをどう使うか、どう使えば怪我をしないか、どう使えばよく削れるか、 小刀と カーヴィングナイフはどう違うのか、などなど。

普段私たちはもうナイフなど使わなくなり また手仕事そのものをしなくなってきていますから このように手にナイフを握って作業することは手の退化という観点からは案外意義深いことであると思います。

ネジを締めこむのも電動ドライバー、歯を磨くのも電動歯磨き、車のウィンドーの上げ下げもボタン一つ、掃除も掃除機、、、

そう考えると私達の手は退化していると言わざるを得ない状況かもしれませんね。

事実ナイフを手に実際に木を削る練習をすると 力のかけ具合が慣れていないためにわからず 頼りないし、いつ怪我をするかと心配になるしといった感じがしばらく続きます。

教室ではまず何より怪我をしないナイフ使いを習得してもらうことを考えていますが慣れない作業は心配が多く、大変です。

さて2日目 

それでもイメージトレーニングを自宅でされたのかわかりませんが、技術的にむずかしい削り方が心配なく(怪我の)できるようになっているではありませんか。驚きですね。

良くあることですが 人は休憩の間に向上しているものです。だから休憩は大事です。

スプーンは大きく2つの要素を満たしながら出来上がっていくものなのです。最初は加工する技術=安全にしかも効率よくなおかつ楽しく削ること。

そしてもう一つはそのスプーンの形にするためのセンスです。

いくら技術的にうまく木を削れても スプーンとしての形として 満足のいくものが出来ることとは別です。

センスは別物ということです。

自分で実際に削っていくうちにどこを削ったら形の美しいスプーンになるのか、という問題はそうとう時間を費やさないと身につかないものなのだと思います。

まして単に誰かのスプーンのデザインをコピーするということではないその人の個性のにじむものは時間のかかるものなのだと思うのです。

2日目 午後からは作業小屋から板の間の居間に場所を移動して2人の生徒さんは黙々と削り作業を続けて行きました。

かなりナイフ削りにも慣れて すこし安心してみていられるようになりました。

材料は楓の木です。

Dsc02369 Dsc02371

Dsc02373 3本のスプーン

上 教室の合間に私が削ったもの

中 形の素晴らしいもので形状にたいするセンスのよさを感じます。

下柄の部分からの削りの面がおもしろい表情を見せています。私も良い参考になります。

スプーン作り教室に関しては私のホームページhttp://homepage2.nifty.com/midorinocraft/newpage14.htm

を参照ください。

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熊のプーさんの蜂蜜壷

こまごました用事をしながら2日間ロクロにかけっぱなしにしておいた深鉢が今日 やっと挽き終わりました。

材料の木はクルミです。

Dsc02375_2

Dsc02382 Dsc02384

       

深さが10cmあまりでこぶしを握った手がそのまま中に入るほどのものです。

上に耳がついていてとてもユーモラスな特色のある形です。

私はこの形が好きでこれより小ぶりなものをいくつか挽いてきましたが、今回 技術の上達を考えてかなり奥の深いしかも口のすぼまった壷のような形の器を挽きました。

奥行きのある木の器はそれを挽く刃物が奥にいけばいくほど刃先が遠くなり挽くのが難しくなるのです。

この壷のような器を見て 我家の女性たちが すぐさま ”熊のプーさんの蜜壷”だといいました。

この木の器が多少不恰好でユーモラスな形で、そのことから連想をもたらすのかされるものなのかわかりませんが なぜか蜂蜜壷を連想するようです。

まだフタは出来ていません、写真のフタは間に合わせに別のものをかぶせただけです。日を改めてフタを挽く予定です。

実際にこれに蜂蜜を入れてみようかという衝動に駆られています。

そのときには 蜂蜜用のしゃもじも挽かなくてはなりませんね。

似たような形のシリーズの中からご紹介します。

口を突き出したような器はこれは 醤油さしです。醤油の切れがいいです。

Dsc02391 Imgp00362   Imgp0037

耳付きのずんぐりしたふたつきの器は もう売れてしまいましたが同様のデザインの小物入れです。

奥の深いものは見た目以上に挽くのが大変です。

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