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2007年7月 5日 (木)

鉋以前 こんな木の削り方

私達は 通常 木の面を かんなを使って ならして平面にします。ほとんど そのことが 習性のようになっているので、 平面は無意識のうちにかんなで 削りだそうとします。かんなという道具が 出現したことは おそらく時代背景に そういった平面を要求するようになった段階が前提としてあったのではないかと思います。
ではかんな以前の道具はどんなであったろうと思います。ヤリ鉋でしょうか、チョウナでしょうか。案外今回の作業のような感じで削っていたのかも。

で、そんなことを考えながら 今回 コーヒー盆を作りました。削りは かんなではなくて 大きな 丸ノミです。ですから かんなで削ったような 均一な平面は 出ません。
丸ノミで このような作品の削り作業をすることは ある観点からするととてもスリリングでもあります。 ノミを持つ手の角度を均一に保たないと線の通った削り面は出ませんし、かといって油断すると みっともない削れ方をするからです。
しかし出来上がってみるとこのコーヒー盆 非常に魅力があります。なんというか 表情が緊張感を覚えさせない というか安堵感が漂います。

現代という 緊張を強いられる社会の中では こういった 緩やかな線も違った意味を持ちうるのかもしれません。私達の今の社会自体がまさに鉋で均一に削ったきれいな面のようであり 遅刻や 速度制限や 帳簿上のミスや約束を守ることなど あいまいなルーズなことが許されない時代なのです。
2007_picture_of_thewooden_plate_001_1
目の通った山桜 を生木のうちに裂いて木取りします。


2007_picture_of_thewooden_plate_005コレ位の大きさです。



2007_picture_of_thewooden_plate_008_1あとは簡単。大きな丸ノミ、固定のためにクランプなど。そして たっぷり時間をかけられるだけのゆとり。



2007_picture_of_thewooden_plate_012出来上がってみて 感じるのは かんなではなくて ノミでこのような あいまいな平面を作ることは 案外 難しいということです。そしてさらに かんなという道具の持つ キャラクターを 違う観点から見始めるのです。



2007_picture_of_thewooden_plate_015_1前回のスプーンと 今回のコーヒー盆

結構良いコンビネーションですね、 手前味噌ですが。

この作品の作業には 大げさな道具ぞろえは 不必要です。

鉋は 言わば シンプルではありますが非常に奥が深い機械としての側面を秘めています。鉋の台で削ると自動的に木の出っ張りのみを刃が捕らえて削ってくれるのです。
鉋とは そんな意味から考えると 出っ張りを削り取る機械なのです。ところが のみを使って手で削ると自動的に出っ張りのみをはつり採るような事はできません。鉋のは刃は鉋台に固定されていますから 刃がぶれることはないのです。それに対して手で削るとはまさに手ぶれの連続でもあります。それでもでこぼこなリの平らを(コレが鉋ではできません)出すことができるのです。

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